レーザートラッカー

ミクロン単位の緻密さを実現する3次元測定、基礎物理を支える大型実験装置で活躍

茨城県東海村には、東京ドーム14個分(65ha)もの広大な敷地を利用した世界最高性能の研究施設があります。その名も大強度陽子加速器施設「J-PARC」、日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)の共同運営で2009年から稼働を始めました。

ここで行われているのは「大強度陽子ビーム」を使った実験や研究です。水素ガスを使って陽子を発生させ、その陽子を大型加速器で光速の99.98%まで加速して標的原子核に照射。陽子と原子核の衝突エネルギーで生まれたさまざまな二次粒子が最先端科学に利用されています。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

東京大学宇宙線研究所の梶田隆章さんは、岐阜県神岡町にある検出器「スーパーカミオカンデ」という検出器を使って、ニュートリノが質量を持つことを証明しました。梶田さんがこの研究で2015年にノーベル物理学賞を受賞したのはご存じの方も多いのではないでしょうか。「J-PARC」では現在、大強度陽子ビームを使用して人工的にニュートリノを生成し、295km先にあるこの「スーパーカミオカンデ」に打ち込むことによってニュートリノ研究の発展を支えています。

高品質かつ大強度の陽子ビームを加速させるには数百台の電磁石を長距離にわたって高精度に配置すること(精密アライメント)が求められます。しかしアライメント精度が悪いとビームの品質が劣化し、大強度のビームを生成できなくなります。そこで活用されているのが東京貿易テクノシステムのLeicaレーザートラッカーAT401です。2011年から導入いただき、すでに「J-PARC」内で上位機種を含めた4台が活躍しています。

最先端の研究が行われる「J-PARC」ではどんな測定が行われているのか、装置の設計や管理を行う加速器ディビジョンの谷教夫さんと森下卓俊さんにお話を伺いました。

左:谷 教夫さん 右:森下 卓俊さん
左:谷 教夫さん 右:森下 卓俊さん

大型加速器の設計開発に携わり、谷さんは円形加速器「3GeVシンクロトロン(RCS)」、森下さんは直線加速器「リニアック」を担当。大強度陽子加速器のビームラインを維持するために定期メンテナンスや調整を行っている。

産業だけでなく、宇宙の謎や物質科学まで研究可能

「J-PARC」はどんなことが調べられる研究施設なんでしょうか。

谷さん(以下、谷):私たちの身の回りのものはすべて原子という目に見えない小さな粒からできています。原子の中には原子核があり、さらにその中に陽子や中性子があります。これらは物質として小さすぎて調べるのが大変なのですが、「J-PARC」は原子レベルで物質構造や動きの研究が可能です。

そのために使われるのが「大強度陽子ビーム」です。「J-PARC」ではイオン源から発生させた陽子を大型加速器を使って加速し、光速に近いスピードで陽子ビームを標的に衝突させます。すると標的の原子核はバラバラに壊れ、中性子や中間子、ニュートリノなどの二次粒子たちが生まれます。これら二次粒子を活用すると原子の内部や物質の構造が調べられるんです。

たとえばリチウムのような軽元素は電子顕微鏡で見るのが難しく、X線でも捉えにくい物質です。でも中性子なら軽元素を捉えられます。リチウム電池の研究では、生成した中性子を使ってリチウムの細かい反応プロセスを追えるようになりました。これまで見えなかった現象に対する理解が進めばさらなる高性能リチウム電池が実現します。

森下さん(以下、森下):カメラで写真を撮るときは光量がカギになりますが、こういった研究でも二次粒子の量が実験の質やスピードを左右します。中性子が大量に生成できれば、 従来なら数日かかっていた実験が1日や数時間に短縮できます。そして二次粒子は陽子ビームが強いほど多く発生する。だからこそビームを正確に大強度で供給するのが「J-PARC」の存在価値でもあるんです。

めて伺ったとき、車で走らなければ行けないほど広大な敷地に驚きました。加速器も非常に大きなものですよね。

谷:敷地には3台の大型加速器と3つの実験施設があります。3つの加速器はそれぞれつながっていて、上流から徐々にビームのエネルギーを上げていき、段階に応じた実験設備にビームを振り分ける構造になっています。

最上流にあるのは直線加速器「リニアック」で全長約330m。イオン源から陽子を発生させる装置で、光速の70%程度まで速度を上げ、後に続く円形加速器「RCS」にビームを引き継ぎます。

図1:リニアックからRCSへのビーム入射区間。ビームは右奥のリニアックから左のRCS周回ビームラインに入射される。
図1:リニアックからRCSへのビーム入射区間。ビームは右奥のリニアックから左のRCS周回ビームラインに入射される。

「RCS」は1周約350m、ビームは巡りながら光速の97%まで加速します。ラインはここから二手に分かれます。一方にあるのは物質・生命科学実験施設です。中性子やミュオンを使い、先ほどのリチウム電池のような産業研究のほか、タンパク質の解明や農業分野の研究も行われています。

「もう一方にあるのは円形加速器「50GeVシンクロトロン(MR)」で1周約1600m、直径500mの国内最大の陽子加速器です。その先にはニュートリノ実験施設と原子核素粒子実験施設があり、宇宙のはじまりや物質の成り立ちなどの基礎学問を扱っています。

「このようにビームラインを分岐させてさまざまな施設を複合的に配置しているのは、他の施設にない「J-PARC」の特徴です。

広範囲を高精度で測定するならレーザートラッカー

んな科学の最先端で、レーザートラッカーAT401を活用いただいているんですね。

森下: 1年のうち3カ月を使って加速器全体のメンテナンスを行っています。私は直線加速器の担当ですが、このラインは地下13mのところに設置され、ビームを加速する装置が約60台、ビームを輸送するための大型電磁石が約300個あります。これらをいかに真っ直ぐ並べるかで苦心します。

図2:AT401を使用した直線加速器のアライメント作業の様子
図2:AT401を使用した直線加速器のアライメント作業の様子

レーザートラッカー導入前は、真っ直ぐものを並べるために開発されたアライメントテレスコープという望遠鏡の一種を使っていました。これは、機器を10m程度の区間内に数十µm程度の精度で並べたいときは重宝します。

森下 卓俊さん

ただし装置にとっては設置間隔も大切で、周期的にキチッと並べないとビームがうまく飛びません。そこで、距離や間隔が測定できるトータルステーションやマイクロメータといった機材を使用する必要があります。

谷:ビームを輸送する区間ではビームを折り曲げるため、角度と距離を同時に測れるセオドライトやy-レベルが必要になります。つまりこれらの機器は適用範囲に得意不得意があるので、うまく使い分けながら作業していたわけです。アライメント担当として腕の見せ所ですが、手間がかかります。

その点、大規模施設で効率良く高精度で並べていくにはレーザートラッカーが頼りになります。これは角度と距離が同時に測れ、100m以上の計測範囲と数十µm以下の測定精度を併せ持っているからです。私が担当する円形加速器でも電磁石や空洞の位置測定にこれを使っています。

森下:導入のタイミングとAT401の特長がぴったり合ったというのも決め手でした。2011年の東日本大震災ではここも被害を受け、ビームラインの破断や建屋のひび割れなど大きな損傷が出ています。一番困ったのは直線加速器トンネルの床が水没してしまったことです。

谷 教夫さん

研究のために早く復旧させなければいけない。しかし従来機であるLeica LT600は電源コントローラと本体をケーブルで接続するため、水浸しの環境で使用すると故障の原因になりかねません。そこでバッテリー駆動のレーザートラッカーがあると知って、すぐ導入しました。他社では高機能のワイヤレスタイプはなかったので即決に近かったと思います。

AT401は軽量化されたうえに性能が上がっている。これは非常に魅力的でした。

図3:LT600での測定作業風景
図3:LT600での測定作業風景

実際に使用してみていかがですか。

森下:メンテナンス期間は限られるので、現在も日程短縮のためにAT401とLT600を併用しています。ただ従来機とAT401では作業量が全然違います。測定中、レーザートラッカーから見てリフレクタが一瞬でも隠れるとレーザーを再捕捉しなければいけないのですが、従来機ではそのとき若干の誤差が発生していました。そのため、複雑な装置の上で測定時にレーザーの捕捉が途切れないよう、どうやってリフレクタを動かすか頭を使っていました。

図4:AT401での測定作業風景
図4:AT401での測定作業風景

でも最近はトラッキング性能の向上で再捕捉時の誤差が解消されつつあります。AT401ではパワーロック機能のおかげでレーザートラッカーがリフレクタを見失うことがなくなり、非常に楽です。

谷:私が評価したいのは、メンテナンスがほぼ国内で完了する体制です。たしかにレーザートラッカーは便利ですが従来は海外でのメンテが基本で、緊急時に確実に使えるかが不安要素でした。でも東京貿易テクノシステムでは本国のライカと同じ条件下でレーザー交換やプリズム矯正までできると聞きます。何かあったときにすぐ相談できる、対応してもらえるという心強さは大きいです。

直線加速器は300m以上ありますが、測定点はどれくらいですか。

森下:全部で300点ほどでしょうか。数十µmの精度を確保するために「1計測区間はトラッカーの前後10m以下」としました。1区間の計測が終わったらレーザートラッカーを移動し、測定点をオーバーラップさせながら座標を連結して全体の直線形状を見ます。

1区間での測定点は15カ所ほどですが、複数回計測して大きなエラーを除外したり、誤差を減らすため平均化したりします。300mの直線部では60の計測区間を移動して計測するので、トータルでは1000回近く点測定を実施することになります。

谷:「J-PARC」では装置の設置前にメンテナンスに必要な観測点を決め、あらかじめマーキングしています。据付後はそのとき決めた観測点を使って維持・管理しています。「3GeVシンクロトロン」の精度が一番高く、だいたい誤差±0.2mm以下の精度で装置を調整します。

周回300m以上の装置で誤差が±0.2mmですか。

谷:はい。装置の据付精度はプロジェクト初期段階から議論され、通常その時代ごとに到達可能な、最高レベルの精度に設定されるはずです。というのは、アライメントの誤差というのは、装置の製作精度や動作安定性などと同等に加速器の性能に影響するためです。 研究施設というのは、長年その高精度を維持できるよう、設計時に「現状でどのような測定技術があるのか」をリサーチします。最初から最高レベルのメンテナンスまで視野に入れて「その技術をうまく使うために装置をどう置くか」を考えて作るんです。

森下:ただし、誤差ゼロの精度は現実的に得られないわけですから、アライメント誤差によるビームへの悪影響を補正するための機器を検討・配置します。想定される誤差が小さいほど補正用機器の台数、性能を低く抑えることができ、コスト削減にもつながります

谷:そのほか温度・湿度・地殻によって刻々と状態が変わり、設計上100%のパフォーマンスをめざしても必ず誤差が出ます。私たち設計開発者は多少の条件変化でも吸収できるように設計していますが、やはり装置の位置が正確であればあるほど出力強度を上げられるのは事実です。施設の品質を保つために性能の良いレーザートラッカーは欠かせません。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構様

2005年10月に日本原子力研究所(原研)と核燃料サイクル開発機構(サイクル機構、旧動力炉・核燃料開発事業団[動燃])を統合再編し、独立行政法人として設立。2015年4月に国立研究開発法人に改組した。日本唯一の総合的原子力研究開発機関として、原子力の安全性向上、核燃料サイクルなどの研究開発を行っている。国内に5つの研究開発部門、9つの拠点を持つ。

【この事例で紹介された製品】Leicaレーザートラッカー

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